長崎旅 世界遺産 軍艦島

以前、番組でお話した長崎旅。

何度か行っていますが、いつか行きたいと思っていた軍艦島ツアーの予約がとれたため行ってきました。

天候不良だと中止になるこのツアー。

無事に出港したものの、波が高ければ上陸できないという条件での出港です。

 

見えました!たしかに軍艦に見える!これが軍艦島!

正式名称は端島(はしま)。長崎港から船で18.5kmの距離にあります。

付近の海域は潮の流れが荒く、少しの風でも波は大きく変化し安全な航行が必要。

軍艦島の桟橋も、台風によってコンクリートごと根刮ぎ吹き飛ばされて流出してしまった経験もあるとのことで、改良された「ドルフィン桟橋」に無事着岸。

上陸することができました。

 

軍艦島の人口密度は、最盛期には東京都の約17.5倍でした。

 

第1見学広場

貯炭場や上手の技師・従業員住宅などが見えます。第二竪抗施設はほとんど崩壊していますが第二竪抗のために設けられた桟橋への昇降階段など当時の様子がわかる建造物が並んでいます。

 

第2見学広場

鉱山の中枢であった総合事務所はレンガ造りの建物。中には炭鉱マンのための共同浴場等があったそうです。

 

第3見学広場

1916年に建築された日本最古の7階建て鉄筋コンクリートの高層アパートが目の前に。

相当朽ちていますが、これが「30号棟アパート」。

国内最古の高層RC造(鉄筋コンクリート)アパートです。

軍艦島の鉱員の給料は高く、各家庭では当り前のようにテレビを所有していました。

196年当時テレビ普及率は、全国:10%、軍艦島:ほぼ100%。

給与の高さがうかがえます。

  

 

天川を用いた護岸も軍艦島の世界遺産登録の対象になっています。

天川は石灰と赤土を混ぜ合わせた凝固剤。凝固された石材を使用しつくられた護岸を「天川工法」と呼ぶそうです。
自然石と自然石の間を天川で固めて積み上げることで、高さおよそ10m、幅は2mの護岸ができあがりました。現在の一部の残っている天川造りの護岸がこちら。

 

石炭から石油へと需要が移り、1974年に炭鉱は閉山。

軍艦島は無人島となって、島の建物は廃墟と化していきました。

2015年7月世界文化遺産に登録されています。

 

島を後にしてから、ツアーではぐるっと軍艦島を巡回してくれる予定でしたが、外海の波が高すぎて途中で断念。でも、少しだけ島の反対側を見ることができました。

風が強すぎて、波が高くて、写真を撮るのも一苦労。

 

 

次に行くときは、どの建物も同じ状態で残っていないとのこと。

台風が来るたびに、倒壊が起きているそうです。

そのうち上陸も難しくなるかもしれませんね。

行ってみたい方はお早めに!

 

それと、現地ではガイドさんが細かく紹介してくれますが、事前に勉強してから行くと、見え方も違いますよ!きっと!